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社長ブログ

ちょっとしたご縁・・その① 松下幸之助とのご縁

2020.11.30

Author name
久保 英彦
元防衛省研究所部長、元多摩川精機(株)顧問
株式会社TOSAMACHINE 顧問

 

 index

・松下幸之助 とは?
・松下幸之助との出合い
・松下幸之助の経営理念の一端
・松下幸之助記念館で考えたこと

松下幸之助 とは・・?
松下幸之助は、自転車屋の丁稚奉公からスタートして、創業し、一代で松下電器産業(現パナソニック)をつくりあげ、戦後のある時期、数年にわたり日本の長者番付のトップに君臨し続けた成功者で、『昭和の太閤記の主人公』とも言われた人物であり、現在も経営の神様として高く評価されている。

松下幸之助との出合い・・
昭和35年、高知工業高校を卒業し、松下電器に入社した当時の社長が松下幸之助であり、辞令をもらい訓話を聞いたのである。辞令は社長本人から直接手渡しであったような気もするが、新入社員は500名もいたので、社長立会いの下に人事部長からだったのかもしれない。訓話はわかりやすく、優しさに溢れ、大阪弁調に落ち着いて話された。従業員をとても大事にする会社であることがわかった。その時以来、私は松下幸之助の弟子になったつもりである。

松下幸之助の経営理念の一端・・
松下幸之助の経営理念は、多くの短い言葉の集まりによって伝えられている。
それらの中に、「失敗したと思ったときに、そこで止めるから失敗になるのであって、止めないで成功するまでやり続ければ常に成功で終われる。」という有名な一言がある。在社中と松下電器を辞めた後の国家公務員時代、そして退官後長野県での会社勤めを通じて、その言葉を思い出し、難しい局面になっても乗り越えられてきたように思う。
もう一言挙げれば、「素直になりなさい。」という言葉がある。一見簡単でなるほどと思うが、これは時の流れに逆らわないで素直に行動しなさいという意味であり、時の流れを正確に読まなくてはならない。かなりの修業を積んだ達人でなければできないと幸之助自身が解説している。

松下幸之助記念館で考えたこと・・
松下電器の元無線研究所に同期入社した仲間でつくった同期会「三五会」は、今も年1回は集まって懇親している。
一昨年に大阪府守口市でその会を開催した時に、会に出席する前に、隣の駅まで足を延ばして門真市にある幸之助記念館を訪れた。幸之助の声を聴き、幸之助の人柄に触れ、旧師に再会したような懐かしい気分に浸った。
かつては日本を代表する企業として一世を風靡した名門『パナソニック』も、今や時価総額では後発のソニーの四分の一である。今こそ幸之助の経営理念のもとに、再起復活されんことを!

松下幸之助と直接、接したのは18歳の職業生活をスタートした時だけであったが、53年の職業生活とその後の人生 全てにおいて、私の心の中で時折意識してきた『ご縁』である。

 

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